「普遍者の理論と種問題」
倉田 剛(九州大学)
本発表で吟味してみたい問いは次のように表現される.普遍者の理論(Theory of Universals)は,生物学における「種問題」(Species Problem)との生産的な接点をもちうるのか.もしそうだとすれば,前者は後者から,いかなる条件の下で,何を,どの程度まで学ぶことができるのか.素朴に考えると,普遍者の理論の中でも,生物種(species)に関する議論と密接な関係に立つように見えるのは,とくに類(kinds)あるいはタイプ(types)を,性質・関係とは区別される独自のカテゴリーとして要請する形而上学であろう.決して多数派とは言えないが,こうした形而上学は,主にロウ(Lowe 2006),マイクスナー(Meixner 2004),ウェッツェル(Wetzel 2009)などによって展開されている.彼らは,類ないしタイプを実体的普遍者(substantial universals)として捉え,それらを性質・関係といった非実体的普遍者(non-substantial universals)と区別する.(こうした区別は現代の普遍者理論において必ずしも一般的ではない(cf., Armstrong 1999).)むろんここでは,金や水といった自然種(自然類natural kinds),イヌやカエルといった生物種が,類(タイプ)の典型例として分析される.
だが残念ながら,このことを根拠に,普遍者の理論が種問題との重要な接点をもつと結論することはできない.なぜかと言えば,現代のほとんどの生物学者(および生物学の哲学者)たちにとって,もはや生物種は哲学者たちが論じるような自然種ではないからである.彼らにとって,生物種は,それに属するすべての生物個体(かつそれらのみ)が共通してもつ何らかの(内在的)性質によって定義されるものではない.これより,生物種は哲学者が特権視してきた物理・化学の領域における自然種とは異なる,というコンセンサスがすでに形成されている(ソーバー2009).他方で,形而上学者たちの側にも,生物学の議論を一顧だにせず,生物種を従来通りの自然種として扱いつづける態度,あるいは,生物学者たちが論じる種は,類の名に値しないと断ずるといった態度が顕著に見いだされる.
とくに後者のような態度をとるのはロウである.ロウは,生物学の哲学者デュプレの仕事(反本質主義と多元主義)を評して,「形而上学的に興味深いものはない」,「そもそも形而上学に真に関わるものではない」と述べ,さらに,共通の祖先をもつという観点から種を個別化する「系統学的」アプローチについては,「生物学的な自然種タームが,部分的に進化論的由来によって決定される外延をもつという学説を私は認めない」(Lowe 1999: 187)と一蹴する.ロウのような形而上学者にとって,遠い銀河のどこかの惑星で,地球上のイヌとは形態的にも生態的にも,また DNA の構造においてもまったく区別がつかないが,しかし地球上のイヌと系統的な繋がりをもたないような生物が発見されたとしても,それはイヌであることに変わりない.(より正確に言えば,それはイヌ類(dog kind)のインスタンスである.)だが,生物学者たちにとって,それはイヌ種(dog species)に属する生物ではない.この一例でも分かるように,形而上学における類の議論と生物学における種の議論は大きなすれ違いを見せてしまうのである.
たしかにロウのこうした態度には,いたずらに経験科学の顔色を窺うことをしないという点で,形而上学者の面目躍如たるものがある.しかしながら,ここでロウの言う「類」にはある限定が加えられていることに注意しなければならない.それは「自然の」という限定である.ロウは自らが設けた類の下位区分である「非‐自然種(類)」(Non-natural Kinds)に関しては,意図的に議論を避けているのである.ここにはロウが考える以上に大きな問題が隠されているように思われる.われわれは,非自然種あるいは「人工的タイプ」の形而上学こそが,生物学における「種問題」との生産的な関係を取り結びうると主張したい.以下でその理由のいくつか挙げておく.
(1)われわれが非自然種(人工的タイプ)として念頭に置いているのは,主に言語タイプ,車種,音楽作品(文学作品),貨幣,国家,株式会社などであるが,これらはある時点で生成し,後のある時点において消滅しうるような存在者である.生物種についても同様のことが言われる.こうした種ないしタイプをまとめて「歴史的類」(historical kinds)と呼び,それらを「永遠的自然類(種)」(eternal natural kinds)と対比させることはもっともらしい(cf., Millikan 1999).
(2)非自然種(人工的タイプ)のほとんどは,系統樹の中に位置づけられる.また,作者という起源を有するものもある.例えば,現在よく使われるいくつかの書体タイプ(フォント)が,共通の祖先をもっていたり,最新のビートルという車種が,「モデル・チェンジ」を経てきた系譜の中にあったりすることは否定しがたい.このことから,非自然種(人工的タイプ)に関しても,生物種と同様に,その「進化」を語りうるように思われる(cf., 三中1997).また,多くの音楽作品(文学作品)には,作品間の系譜関係があるだけでなく,作者‐作品という由来関係も存在する.
(3)化学元素といった自然種とは異なり,非自然種(人工的タイプ)については,基本的にその境界が曖昧であるというだけでなく,そのインスタンス(トークン)がもち,かつそれらのみがもつ,トリヴィアルでない性質を特定できないケースがしばしば見られる.やや極端な例ではあるが,哲学という学問タイプを考えてみよう.われわれは,何らかの思考トークンや書物トークンが「哲学」あるいは「哲学書」であるための,必要かつ十分な性質(の集まり)を特定できるであろうか.つまり程度の差こそあれ,非自然種は,単純な本質主義と相容れないという意味において,生物種と同様の問題を抱えている.(ただし,このことは安易な本質主義批判を直ちに導くわけではない(cf., Devitt 2008).)
(4)よく知られているように,生物学者たちの中には,生物種をクラスではなく,個体(individuals)として捉えようとする者たちがいる(Ghiselin 1974; Hull 1976).われわれの立場に従えば,そもそも類(タイプ)はクラスではなく普遍者であるが,形而上学の内部においても,類という普遍者を個体(メレオロジカルな和)に還元しようとする動きがつねに見られる.種問題の内部における「個体説」をめぐる議論の蓄積は,非自然種の形而上学に何らかの示唆を与えうるように思われる.
以上を,冒頭の問いに即して簡単に纏めてみよう.まず,普遍者の理論が種問題との生産的な接点をもちうるとすれば,それは類(タイプ)を独自のカテゴリーとして扱う形而上学の中でも,とりわけ非自然種(人工的タイプ)の問題を重要視する形而上学である.これは両者が同じ土俵にあがる条件と言える.次に,普遍者の理論は何を学びうるのかという点については,網羅的とは言い難いが,種に関する「歴史性」,「系統関係」,「単純な本質主義からの脱却」,「個体説との折り合い」などが挙げられた.最後に「どの程度まで」という問いに関して一言述べておこう.むろん非自然種と生物種との違いは数多くあり,両者のアナロジーがあらゆる場面において通用するということはない.その違いの中でもとくに重要だと思われるのは,社会的・制度的種(タイプ)が,われわれの心の志向性にその存在を依存するということである.一例を挙げるならば,われわれの社会における家族や国民という制度的種は,個体間の類似性や系統的な繋がりのみによって個別化されうるものではない.しかしながら今回の発表では,そうした無視できない差異を念頭に置きつつも,いかにして形而上学と生物学(の哲学)という二つの領域が互いに生産的な関係に立ちうるのかという問題に焦点をあてることにしたい.
主な参考文献
Armstrong, D. M.(1989)Universals: An Opinionated Introduction, Boulder: Westview Press.
Devitt, M.(2008)“Resurrecting Biological Essentialism”, Philosophy of Science 75: 344-82.
Dupre, J.(1981)“Natural Kinds and Biological Taxa”, The Philosophical Review XC, No. 1: 66-90.
Ereshefsky, M.(2002) “Species”, in E. N. Zalta(ed.), The Stanford Encyclopedia of Philosophy, Available at: http://plato.stanford.edu/entries/species/
Ghiselin, M. T.(1974)“A Radical Solution to the Species Problem”, Systematic Zoology 23: 536-44.
Hull, D. (1976)“Are Species Really Individuals?”, Systematic Zoology 25: 174-91.
Lowe, E. J.(1999)The Possibility of Metaphysics: Substance, Identity, and Time, Oxford: Oxford University Press.
Lowe, J.(2006)The Four-Category Ontology, Oxford: Oxford University Press.
Meixner, U.(2004)Einführung in die Ontologie, Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft.
Millikan, R. G.(1999)“Historical Kinds and the Special Sciences”, Philosophical Studies 95: 45-65.
三中信宏(1997)『生物系統学』,東京大学出版会
ソーバー,E. (2009)『進化論の射程—生物学の哲学入門』,松本俊吉・網谷祐一・森元良太訳,春秋社
Wetzel, L. (2009) Types & Tokens: On Abstract Objects, Cambridge: The MIT Press.