発表題目:数学の哲学における構造主義と数学の認知科学

那須 洋介(名古屋大学)

 発表では、数学の哲学における構造主義、特にその認識論について心理学的知見を援用しながら考察する。哲学的立場としての構造主義は、Paul Benacerraf (1965) “What Numbers could not be” を契機として盛んに論じられるようになり、数学の哲学における主要な立場の一つとなっている。現在における代表的な論者としてはGeoffrey Hellman、Stewart Shapiroが挙げられる。しかしながら、本発表では、彼らより一世紀ほど以前に構造主義のアイデアを示唆していたRichard Dedekindに焦点を当てる。また、本発表で主に考察の対象とする数学の分野は、Dedekind (1888) “Was sind und was sollen die Zahlen?” で主題となっている自然数論である。
 まず、Dedekindを構造主義者として見たとき、そしてHellmanやShapiroなどの今日の論者と比較したとき、どのような位置づけになるかを考察する。Dedekindは自然数をそれ自体で真正な対象と見なしていると解釈することができる。この点は、構造をante remと見なすShapiroの立場に親和的である。しかし、Dedekindの見解はShapiroのものと決定的に異なっているように思われる。Shapiroはante remな構造が文字通り存在するというプラトニズム的な主張をする。他方、Dedekindは数を「人間の心の自由な創造」であると考えている。
 Dedekindの位置づけを議論した後、構造主義の認識論の話題に移る。Shapiro (1997) Philosophy of Mathematics: Structure and Ontologyおいて、Shapiroは自らの立場を擁護するための認識論的説明を与えている。この説明は、Shapiro自身の立場を擁護するものとしては上手く機能しないが、Dedekindの見解を支持するものとしては一定の価値があるということを論じる。
   このShapiroによる認識論的説明は、ある種の心理的メカニズムに訴えるものである。したがって、この説明が心理学的な見地から支持されうるものであるかを検討することは有意義であるように思われる。本発表では、いくつかの心理学の文献を参照し、数(の認識)がante remな(しかしプラトニズム的ではない)特徴を持ちうるかどうかを考察する。