存在者を構成/還元するために用いられる定義とはどのようなものか

高取 正大(慶應義塾大学)

 分析哲学において存在論的な問題が扱われるとき、しばしば適用が試みられる手続きに、次のものがある。それは、定義を用いることによって、既に存在が認められた対象から派生的な存在者を構成したり、あるいは逆に、後者を前者に存在論的に“還元”しようというものである。
 歴史的には、この手続きは、20世紀前半の初期〜中期分析哲学において、重用されていたと言える。この時期に影響力をもった哲学的プログラムの一つは、還元的現象主義と呼ばれるものであった。その内容は大まかには、世界(の一部分)のありようを説明するために、ほんとうのいみで存在するのは基礎的な種類の感覚的存在者(および、それらにクラス計算/個体計算/etc.を適用して得られる存在者)のみであり、他の存在者はそれらから論理的に構成される(逆に言えば、他の種類の存在者は、基礎的な感覚物とそれらの集合論的/メレオロジー的構築物etc.に還元される)、と主張する理論を構築する試みである。そして、その論理的構成/還元は、現代的論理学を用いながら、物理的対象、更には外界全体を、感覚的存在者のクラス、あるいはクラスのクラス……といったものとして定義することによってなされるのである。例えば代表的論者であるラッセルの理論の場合、たいへん単純化すれば、ある机は、その机の様々な向きからの外観(センシビリア)のクラスとして定義される。従って、定義を用いて存在者を構成/還元するという手続きは、還元的現象主義というプログラムにとって不可欠なものだったと言える。
 還元的現象主義のプログラムはその後、限界が指摘され廃れていくこととなったが、定義を用いて存在者を構成/還元するという操作じたいは、より最近の形而上学的議論においてもまた、しばしば目にすることができる。例えば様相の形而上学において、現実主義と呼ばれる立場の中には、可能世界や可能的個体を、現実世界の言語的対象(文あるいはより細かな言語的単位)の集合論的構築物として定義することで、前者を後者に還元しようと(逆に言えば後者から前者を構成することを)試みるものがある。あるいは、抽象的対象(性質、普遍者、etc.)の存在論においては、唯名論的立場が採りうる選択肢の一つとして、抽象者を何らかの具体者のメレオロジー的構築物(あるいはそれに類するもの)として定義することにより、前者を後者に還元する(逆に言えば後者から前者を構成する)、というものを挙げることができるだろう。
 これらの実例から、定義を用いて存在者を構成/還元するという方法論は色々な場面で適用が試みられてきたものであり、こんにちでもひとまず我々に利用可能な選択肢の一つになっている、ということがわかる。よって、この方法論は、現代の分析哲学が備えた古典的な道具立ての一つであると言え、従ってまた、それじたいで考察の対象としうるものであろう。
 以上で述べられた、存在者を構成/還元するために用いられる定義のことは、これまでしばしば、構成的定義(Constructional Definition)という名前で呼ばれてきた。しかし、構成的定義という哲学的道具立てそのものを主題的に扱い、十分な特徴づけを与えようとする先行研究は、発表者の知る限り、それほど多くない。本発表が試みるのは、構成的定義とはどのように特徴づけられる定義なのかについて分析ならびに定式化を与え、またそれを通じて、この道具立てについて(ある程度)体系的かつ詳細な解説を行うことである。以下、発表のつくりを述べる。最初に第1節では、典型例を参照しつつ、構成的定義の一般的な形式を確認する。第2節では、構成的定義の適切な分析は何を説明できなければならないかについて述べる。第3節では、第1節で与えられた構成的定義の一般的形式を具体的に分析する作業を行い、最終的に、“置き換え”というアイデアに基づく分析案を提出する。最後の第4節で、前節で提案された分析案であれば第2節の要求に応えられることを説明し、構成的定義の適切な分析・定式化として有望なものとなることを述べる。