アクショニズムとふたつの視覚システム

菅原 裕輝(名古屋大学)

 知覚と行為は,わたしたちがふだん感じているよりもずっと深く,相互に依存しあっている.知覚はたんなる入力ではないし,行為はたんなる出力でもないのである.科学者や哲学者はこのことには気づいてはいるのだが,知覚と行為がどのように関係しているかというその詳細については,じつのところ,まだよくわかっていない.知覚と行為の関係性をめぐっては,これまでに,知覚の哲学と神経科学の分野で,それぞれ有力な見解が提唱されている.すなわち,哲学者のアルヴァ・ノエによる「アクショニズム」と,神経科学者のグッデイルとミルナーによる「二重視覚システム仮説」である.しかしながら,厄介なことに,(以下で概観するように)両者は一見両立不可能であるようにおもえる見解であるため,両者のあいだで科学者と哲学者は揺れることになる.
 アクショニズムによると,知覚的な意識は,知覚者が知覚経験にたいする運動や行為の意味を実践的に理解することに,構成的に依存している.アクショニズムは,感官運動の理解(自身の身体的運動に応じて感覚刺激がどのように変化するかについて非明示的に知ること)が,知覚経験を成り立たせていると主張する.アクショニズムの理論枠組みのもとで,知覚と行為は密接に結びついていることになる.
 他方で,二重視覚システム仮説は,解剖学的に分離しているふたつの視覚システムが,機能的にも分離していることを示唆する.このことは,さいしょに,視覚形態失認患者と視覚運動失調患者による二重解離によって示され,そのあとに,脳機能画像研究から,前者が腹側経路を,後者が背側経路を損傷していることが確かめられた.二重視覚システム仮説によると,わたしたちの視覚システムは,機能的に分離される「知覚のための視覚」と「行為のための視覚」というふたつのシステムから成る.「知覚のための視覚」は腹側経路が担い,「行為のための視覚」は背側経路が担う.知覚と行為の結びつきは,機能的に分離したふたつのシステムが相互作用することによってなされるのである(ただ,ふたつの視覚システムがどのようにして相互作用しているかについては,まだわかっていない).
 このように,一方で,アクショニズムは知覚と行為の相互依存性を強調し,他方で,二重視覚システム仮説は,知覚と行為の機能的分離を強調する.そのため,これらの見解は,一見,両立不可能であるようにおもえる.しかしながら,このように考えることは正しいのだろうか.本発表はこの問題について考える.
 議論を進めていくにあたって,本発表は,ここで採りあげられている対立が,哲学説同士の対立ではなく,哲学説と経験科学の仮説の対立である点に注目する.哲学説(ここで云う,アクショニズム)と経験科学の仮説(ここで云う,二重視覚システム仮説)の対立においては,おたがいの見解を突き合わせることだけではなく,採りあげられた仮説自体にたいする考察が必要になる.すなわち,実験結果と,実験結果の解釈(実験結果がなにを教えてくれるか,すなわち,仮説)とのあいだには,ギャップがあり,解釈が一様には決まらないという側面を考慮にいれないといけない.そうした側面を考慮すると,両者が両立可能になるような二重視覚システム仮説の解釈も可能なのである.本発表では,両者が両立可能であると捉えたほうが正しい理解であり,ほかの科学的な知見も両者が両立可能であることを支持していることを示す.