稲岡 大志 (神戸大学)
「ライプニッツによるユークリッド幾何学批判とその哲学的意義」

 微分積分法の発明や2進法の発見など、数学者として多くの業績を残したライプニッツはまた、 当時の伝統的幾何学であったユークリッド幾何学の批判および改訂という仕事にも熱心に取り組んでいた。 ユークリッド幾何学の公理にまで証明を求めることによって、ライプニッツは学問としての徹底した厳密性を幾何学に与えて知識論上の不備を除去しようとした。 その上で、図形を用いずに代数計算のみで命題の証明が可能になるような幾何学的記号法の構築を試みた。 そのためにライプニッツは、点、直線、円などの幾何学の概念を相似、合同、一致などの基礎的な関係概念を用いて再定義し、 線分の長さや図形の面積などの図形の量的側面だけではなく、他の図形との位置関係というような図形の質的側面までも記号で表現することが可能であり、 それゆえに記号操作のみで幾何学の定理を証明することができる位置解析と呼ばれるプログラムを考案した。 しかし、この位置解析のアイデアは当時の大数学者でありライプニッツの数学上の師でもあるホイヘンスにその意義をまったく理解されず、 それゆえにライプニッツ自身も新しい幾何学の構築の取り組みに徐々に意欲的ではなくなり、結果的に断片的な取り組みを示す草稿を多数残すのみで、 体系的な幾何学的記号法の開発に成功することはなかった。

 ユークリッド幾何学批判と独自の幾何学の構築に関するライプニッツの取り組みが最高潮を迎えるのは1679年である。 この時期の幾何学的記号法に関する草稿は近年になってほぼ公刊され、現在まで様々な観点からの研究が進んでいる。 数学史的には、関係概念を基本にした幾何学を構成するというライプニッツの試みは、位相幾何学の萌芽的先駆であると評価されている。 また、ライプニッツの幾何学とユークリッド幾何学との比較研究もなされている。 さらに、ホッブスやパスカルがライプニッツのユークリッド幾何学批判に大きな影響を与えたという点も古くから指摘されている。 しかし、幾何学的記号法のもつ哲学的重要性についてはこれまでのところほとんど何も明らかにされていない。 そこで本発表では、主に1679年前後の草稿を数学基礎論的観点から検討することで、ライプニッツによるユークリッド幾何学批判の哲学的意義を明らかにしたい。