発表題目:音楽作品の反実在論について
—ロス・キャメロンの議論を検討する—

立命館大学大学院 先端総合学術研究科 田邉健太郎

 本発表では、「音楽作品は世界のうちに存在しない」と主張するロス・キャメロン(Cameron, Ross.)の議論を概観し、それに対して提起されている反論を取り上げることによって、その論争点を正確に見積もることを目的とする。キャメロンがそれらの反論に再反論できるか、などの考察は、文字通りこれからの課題とする。
 キャメロンは次のようなトリレンマを示す。

 1.音楽作品は創造される
 2.音楽作品は抽象的対象である
 3.抽象的対象は創造されない

 これらの文は、それぞれ直観にかなうと考えられているものの、併せて考えるときに不整合が生じる。従来の音楽作品の存在論では、音楽作品を永久に存在するものと考えて(1)を否定する(Dodd, Julian.など)か、創造される抽象的対象を提唱して(3)を否定する(Levinson, Jerrold.など)か、いずれかの立場が選択された。
 キャメロンはこのトリレンマをどのように論じているか。キャメロンの提案の背後には、二つの動機がある。第一に、彼が考えるところの直観に適う主張を擁護することである。第二に、存在論を複雑化することを避けることである。こうした動機を背景として、キャメロンは次のように述べる。(1)と(2)は真であるが、(3)は偽である。というのも、世界の基礎的なありかた(the way the world is fundamentally)は、特定の抽象的対象が創造されることを宣言する日本語文を真とするからである。また、(3)は直観的な主張ではなく、存在論的な動機に支えられた主張であるから、「直観的な主張の擁護」に反するものではない。他方で、世界は基礎的には音楽作品を含んではいないと主張する。日本語の文「音楽作品は創造される」を真とする世界の基礎的なありかたとは、作曲家が特定の音の構造を指し示し(indicate)、演奏のための指示(instruction)を規定することであって、音楽作品という新しい存在者が存在し始めることではない。したがって、「存在論を複雑化することを避ける」という動機もみたされる。
 発表は、以下のような構成となる。第1節で問題の所在を確認したのちに、第2節ではキャメロンの議論が多くを負っているレヴィンソンの議論を簡潔に概観する。第3節、第4節において、要旨にごく簡潔に示したキャメロンの議論を詳しく確認したのちに、第5節でキャメロンに対する反論を示す。